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はるな愛が「こども食堂」を続ける理由とは?2017年から続く支援活動の原点と想い

テレビ・エンタメ

タレント、そして実業家としても活躍するはるな愛さん。彼女が2017年から、私財を投じて「こども食堂」の運営を続けていることをご存知でしょうか。

なぜ、多忙な彼女が自ら店に立ち、子どもたちの居場所作りに奔走するのか。そこには、彼女自身の過酷な幼少期と、ある「恩人」との出会いがありました。本記事では、はるな愛さんの子ども支援活動の全容と、その背景にある深い想いを解説します。

はるな愛の「こども食堂」活動とは?2017年からの歩み

はるな愛さんの活動は、単にお腹を満たすための食糧支援に留まりません。学校や家庭に馴染めない子ども、そして孤独を感じる大人たちのための「居場所作り」を主眼に置いています。

活動のきっかけはラジオでの衝撃

2016年、文化放送の番組『大竹まこと ゴールデンラジオ!』に出演した際、社会活動家の湯浅誠氏(現・NPO法人「むすびえ」理事長)から、「富裕層が多いイメージの世田谷区にも、見えない貧困がある」という実態を聞いたことが転機となりました。

「自分の店を使って何かできるはず」と決意したはるなさんは、2017年3月、経営する鉄板焼き店「大三(だいざん)」で活動をスタートさせました。

スタッフとの葛藤と「手紙」が変えた意識

開始当初は、店舗スタッフから「休日出勤の負担」や「食中毒のリスク」を懸念する声もありました。しかし、第1回開催に来てくれた約20名の子どもたちからの感謝の手紙に触れ、スタッフの意識は一変。「これは続けるべき活動だ」と、チーム一丸となった支援が始まりました。

拠点を広げる多角的な支援活動:たこ焼き店からセレクトショップまで

はるな愛さんは、自身の経営する複数の店舗を活用し、多角的な支援を展開しています。

鉄板焼き店「大三」:温かい食事の提供

三軒茶屋から杉並区上高井戸(八幡山駅付近)に移転した後も、月に1回、お好み焼きなどを無料で振る舞う活動を継続しています。

たこ焼き店「たこはる」:コロナ禍での業態転換

コロナ禍で「飛沫感染」のリスクからカラオケバーの営業が困難になった際、テイクアウト可能な「たこ焼き店」へ業態を転換。子どもが描いた「たこの絵」とたこ焼きを交換するユニークな取り組みで、地域の親子を支えました。

セレクトショップ「KOTOBUKI」:生活用品のシェア

アパレルショップの一角に「子育て支援コーナー」を設置。サイズアウトした子供服や未使用の玩具、おむつなどを募り、必要な人へ無料で提供するプラットフォームを構築しています。

活動を支える「私財」と「仲間」:東野幸治氏からの寄付も

この活動の驚くべき点は、運営資金の大部分がはるな氏本人の私財で賄われていることです。

  • 継続の苦労: イベントの出演料などを運営費に充てていますが、物価高騰の影響もあり、常に持ち出しが多い状態が続いています。
  • 支援の輪: はるなさんの熱意に共感したタレントの東野幸治氏から「食費に使って」と3万円の寄付が届くなど、著名人の間でも支援の輪が広がっています。

なぜそこまでやるのか?原動力となった「過酷な幼少期」

彼女の強いコミットメントの裏には、自身の原体験があります。

  • 経済的困窮: 大阪の市営住宅で育ち、ガスや電気が止められ、借金取りが来ることもある環境でした。母が肉の代わりにマグロの缶詰を使って料理を作ってくれた体験が、活動の原点です。
  • 孤独と葛藤: 性自認の悩みからいじめに遭い、「家庭にも学校にも居場所がない」という絶望を味わいました。
  • 地域の温もり: 孤独だった自分に声をかけ、食べ物を分けてくれた近隣住民の優しさが、今の「居場所作り」の理想像になっています。

まとめ:こども食堂は「すべての人に開かれた居場所」へ

はるな愛さんは語ります。「こども食堂はお腹を満たすだけの場所ではなく、温かい空間を求めるすべての人のための場所」であると。

その想いは波及し、現在では奈良に住む彼女の実母も現地のこども食堂でボランティアを始めるなど、良い連鎖を生んでいます。「大きくなったらここで働きたい」と話す子どもたちが現れるなど、彼女の活動は次世代への希望を繋いでいます。

私たちにできることは、こうした活動に関心を持ち、地域の中で「居場所」を必要としている人に目を向けることかもしれません。

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